当校のビッグイベントのひとつが
30年以上も続いているスピーチ大会なのですが、
今年もおかげさまで無事に終わりました。
「おかげさま」というのは決して社交辞令ではなく、
ほんとうに多くの方々のご協力やご支援があったからこそ
開催できていると実感しています。
協賛してくださる企業様や専門学校様、
審査を引き受けてくださる先生方、
スピーチを聞いてくださる来賓の方々、
スピーチ指導をしてくれる先生方、
学生対応や会場整備などを担当してくれる学校スタッフ。
ご支援、ご協力、ほんとうにありがとうございました。
スピーチ大会について書き始めるとページが足りなくなりますので、
今日はスピーチ大会の意味についてお話しようと思います。
毎年来賓として来てくださるお客様がいらっしゃるのですが、
その方はスピーチ大会のあと、必ずメールで感想を送ってくださいます。
「社会に出で十数年たちますが、スピーチを聞くたびに初心に戻ることができます」
「〇番の〇〇〇さんのスピーチの内容が一番印象に残りました」
「〇〇さんの視点は新鮮でしたね」
「〇〇さんの意見には私も賛成です」
「〇〇さんの人生論を聞いて、改めて人生や夢について考えさせられました。」
などなど、ひとりひとり細かく聞いてくださって、
その内容について感想を寄せてくださるんです。
出場者全員のスピーチを真剣に聞かないと
こんな細かいコメントなんてできませんからね。
本当に頭が下がります。
わたしたちはいただいた感想をスピーチをした学生に必ず伝えるようにしています。
学校の教師や日本語業界の人ではない
第三者の方からの感想はとても貴重だと考えるからです。
あなたのスピーチはこんなふうに届いたんですよ、
というメッセージは大きな意味を持っているのではないでしょうか。
はじめて留学生のスピーチを聞いた方は、
まずその日本語力の高さに驚かれることが多いです。
「日本語が上手ですね」
「留学生がこんなに日本語が話せるとは知りませんでした」などなど。
もっともだと思います。
けれども、留学生のスピーチを聞くことに慣れてくると、
もはや日本語は単なるツールとなり、
スピーチの内容に引き込まれるようになります。
自分が何を考えているか、何を感じたか。
わたしたちはおしゃべりで何となく話すことが多いですが、
スピーチという形式で文章を整えて
大勢の人の前で話すチャンスはなかなかありません。
特に日本語学校の留学生はまだまだ日本の社会では少数派ですから、
彼らの声は十分には届いてないと思われます。
スピーチ原稿を書くことで自分の考えがまとまり、
スピーチをすることで自分の意見を発信することができます。
伝えること。
その思いを受け止めること。
スピーチ大会の意味はそこにもあるのかもしれません。
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